文●Believe Japan 写真●Believe Japan、トヨタ自動車
福祉車両でも多くのラインアップを誇るトヨタ自動車が、先日、歩行のリハビリテーション支援を行うロボット「ウェルウォーク WW-1000」のレンタルを開始すると発表した。
最近、ロボットが身近な存在になってきているが、このほどトヨタ自動車が発表したパートナーロボット「ウェルウォーク WW-1000」は、脳卒中などの病気やケガによって、歩行することや身体のバランスを保つことが困難となった方のリハビリテーション支援を行うロボットだ。
ロボットというと、人間や動物のカタチをしたもの、あるいは似せたものをつい想像してしまう。しかし、このウェルウォークは高さ2380mm、長さ2710mm、重量もおよそ800kgというサイズの大きな歩行練習機だ。我々が思い描く「ロボット」のイメージからはほど遠いわけだが、「歩行練習アシスト」と「バランス練習アシスト」におけるその仕事ぶりは圧巻で、医療現場における臨床実験ではすでに、利用者をはじめリハビリ現場に大きな効果と利便性をもたらすなど好評を博しているという。
ウェルウォーク本体は、トレッドミル(ウォーキングマシン)と、患者さん用と介助師用それぞれのモニター、患者さんの身体を支えるハーネスで構成され、利用する患者さんは、膝の曲げ伸ばしをサポートする「ロボット脚」を装着してリハビリテーションを行う。
【ウェルウォーク WW-1000の特徴】
◎歩行速度やハーネスのサポートレベル、モーター内蔵のロボット脚が行う曲げ伸ばしは、臨床実験などで得られた膨大なデータをもとに自動制御される。
◎車いすのままウォーキング部分に乗り込め、患者さんの前方から、療法士1名が、簡単にロボット脚を装着できる。慣れると、所要時間はおよそ2分から3分程度となる。
◎足元、前面、側面に設置された合計3台のカメラにより、歩行状態の様子が詳細にわかる。映像はリアルタイムで患者さんも確認でき、録画も可能。
◎ハーネスが患者さんの体幹を支え、転倒を防止するので安全なリハビリが可能となる。ロボット脚のハーネスは、麻痺した脚の振り出しもアシストする。
◎大きくて見やすいタッチパネルタイプのモニターで、ロボットの起動・停止をはじめ歩行速度やハーネスのサポートレベル(免荷量)の調整などを一括操作できる。
◎リハビリのさまざまな結果や歩行指標が記録される。状況に合わせて難易度を上げるなど、効果的な練習方法や設定などもガイドされる。
ひとに寄り添うロボット
トヨタでは「Mobility for ALL/モビリティ フォー オール(すべての人に移動の自由を、そして自らできる喜びを)」というコンセプトで、1980年代に自動車生産用に導入した産業用ロボットの技術や自動車の開発技術を応用して、人々の活動をサポートし、人と共生する「パートナーロボット」の開発を進めている。
パートナーロボットは、「すべての人に移動の自由を、そして自らできる喜びを」というビジョンのもと、とくに日本において重要な課題とされる少子高齢化問題に対応するため、高齢者がより自立した生活を送り、介護する側の負担も低減できるよう開発されている。具体的には「シニアライフの支援」、「医療の支援」、「自立した生活の支援」、「介護の支援」という4つのフィールドで「役に立つ」ことを目指している。
とりわけ、医療の支援においては2007年末から、愛知県豊明市にある藤田保健衛生大学と共同でリハビリテーション支援ロボットの開発を進め、2011年からは医療現場での実証実験を重ねてきている。そして、2014年には、歩行練習初期段階における自然な歩行をサポートする「歩行練習アシストロボット」の臨床的研究を全国23の医療機関(2017年3月末時点)でスタートさせている。
トヨタでは、これまでの臨床的研究で集められた、患者さんや医療関係者からの意見を精査し、下肢機能の回復に明確な効果があると判断したため、2016年11月に医療機器としての承認を取得したという。今後、医療機関向けに100台を目標として「ウェルウォーク WW-1000」のレンタルを行っていく考えだ。レンタルは初期費用100万円(税別)、月額35万円(税別)となっている。5月には受注を開始。9月からデリバリーが開始される。
ウェルウォーク WW-1000
医学的な運動学習理論にもとづいて、歩行のリハビリテーションを支援するウェルウォーク。患者さんそれぞれに合わせてアシスト量を調整することができる。歩行練習初期から自然な歩行と十分な練習量を確保することができ、同時に療法士の負担も低減する。
【キーパーソンに訊く】
自動車メーカーであるトヨタと医科大学の藤田保健衛生大学が共同で開発したパートナーロボットとして注目を集める「ウェルウォーク」。プロジェクトのキーマンであるお三方に話を伺った。
磯部利行(いそべ としゆき)氏。トヨタ自動車の未来創生センターを統括する常務役員。未来創生センターは、研究機関やトヨタグループなど社外の力を積極的に取り込みながら、将来の技術/ビジネスを「長期視点」、「社会視点」で創造していく機関として新設された。
ウェルウォークの開発で、とくにご苦労されたこと、注意されたことはございますか?
磯部 氏 臨床の現場で、先生方といっしょにひとつひとつ試行錯誤で開発を行ってまいりました。当初は、ハーネスやロボット脚の本体などを「どうやって患者さんに装着していただいたらよいか」ということから「歩行アシストは十分か、負担は大きすぎないか」などかなりの時間をかけて検討いたしました。しかし、おかげさまで、患者さんや医師、医学療法士の方々からは、「リハビリのモチベーションが上がった」、「楽しい」、「安全なリハビリが可能になった」などといった非常にポジティブな声が寄せられ、非常に嬉しく思います。こうした臨床研究の成果によって、今年、リハビリテーション支援ロボットを大幅に増強していくこととなりました。
今回の臨床研究がスタートしたキッカケは何だったのでしょうか?
磯部 氏 2005年の愛知万博以降、私どもは、トヨタの技術を「人の活動をサポートする」というカタチでなんとか実用化したいと強く願うようになりました。そしてロボットを作りはじめました。工学思考でずいぶんと作りました(笑)。そして完成したものをいろいろなところに持っていき、「こんなの使えないよね……」と言われることの連続でした。さすがに、このままではいいものは作れないなと考え、中京地区にあるリハビリテーション医学で有名な藤田保健衛生大学にご相談させていただいた背景がございます。
才藤栄一(さいとうえいいち)氏。藤田保健衛生大学の統括副学長で医学部教授。同大学は活発な研究活動を行い、多くの優秀な医師や研究者を輩出する学術および研究機関。
ウェルウォークの仕様や設定は、臨床現場でのトライ&エラーの結晶と言えるのでしょうか?
才藤 氏 そうですね。前提としてはある程度わかっておりましたので、問題点を実際の現場においてひとつひとつ解消していく、という作業です。私はこれまでロボットをいくつか作っておりまして、アスカ(ロボットシステム)という会社さんで両足の動くロボットも作った経験があります。工学の方たちというのは、自分の考えたメカニズムに縛られ、思いのとおりに解釈する傾向があるように感じます。人間だれしもがそうなのですが(笑)。たとえば、素晴らしいアクチュエータを開発したエンジニアは、どうにかしてそれを使おうとするものですが、残念ながらそれはあまり上手くいかないことが多かったりします。大切なのは「ニーズ」に合わせることだと思います。その点、トヨタさんは総合力が高く、体力があります。すでにロボット作りを10年も行っていらっしゃいますので。エンジニアと医療者といった異業者がいっしょになって、新しいものを生み出すというのは、ひと筋縄ではいかないものです。トヨタさんも最初の3年間は「臨床を知る」ことに費やされたと思いますが、しっかりとノウハウを蓄積されていらっしゃいます。今後こうした動きは加速していくと思います。
ウェルウォークで行われるリハビリテーションでは療法士が患者さんを介助されるわけですが、そのための研修にはどのくらいの期間必要となるのでしょうか?
才藤 氏 標準的な想定は「3日間」です。3日間のトレーニングを受けていただき、その方が知識を自分の病院などに持ち帰ると他のひとにも教えられると考えています。藤田保健衛生大学でトレーニングを受けていただいた後も、お問い合わせに応えるなどのサポートを継続していきます。
玉置章文(たまおきあきふみ)氏。今回のウェルウォークの開発の中心を担ったトヨタ自動車 パートナーロボット部の部長。
ウェルウォークはすでに高度に自動制御されているように思いますが、医療の現場にロボットというものはマッチングしやすいのでしょうか?
玉置 氏 「ひとに寄り添うロボット」として対話型のものがあります。たとえばご高齢の方や認知症の患者さんのなかには、だれかと話をするとき、「相手の時間を束縛してしまって申し訳ない」と感じる人が少なくないのですが、ロボットが相手だとそうした気兼ねも必要なく、とても話しやすいということがあります。ロボットなので、プライベートなことや正直な感情を伝えることもできた、という感想も耳にします。ひとから警戒されることもなく、文字どおり「寄り添える」存在になれると思います。今回のウェルウォークにしましても、「ひとの手を煩わせることなくリハビリに集中ができる」といった患者さんの声があります。医療現場とロボットのマッチングは非常によいと思いますね。ロボットに支えてもらうのではなく、「自分が自立するためにロボットに寄り添ってもらう」という認識を持っていただけることと期待しています。
ウェルウォークがユーザーとして対象としているのは、主にどういった患者さんになるのでしょうか?
玉置 氏 脳卒中を発症されて、回復をはじめられた初期の方に、もっとも効果が出るように考えられています。慢性期の方には、また別のものを考えていかなければなりません。
実演のデモンストレーションを拝見させていただきましたが、まるでゲームのように明るく楽しいイメージで少々驚かされました。
玉置 氏 どうもありがとうございます。リハビリテーションは、ただ辛くつまらないだけですと、成果も出にくいものです。現在の状態や目標などをビジュアルで確認できるようにすることでモチベーションを高め、楽しくリハビリに励んでいただくと成果もまったく違ったものになります。また、医療現場の声、利用した方の声などもご紹介することで、これからウェルウォークを使おうとするひとにとっては、「自分も大丈夫、成果が出る!」と感じていただけるのではないかと思います。そういうことでも患者さん方の不安も取り除いていければと思います。
今回はリハビリテーションを支援するロボットですが、ほかにどのようなロボットがあるのでしょうか?
磯部 氏 高齢者、患者さんであるご本人はもちろん、介護する側の負担も低減することをテーマとして、「リハビリテーション支援ロボット(歩行練習アシスト&バランス練習アシスト)」のほかに、「立乗りパーソナルモビリティ(Winglet/ウイングレット)」や「生活支援ロボット(HSR)」、「移乗ケアロボット」、「対話ロボット」なども開発し、それぞれに実証実験を進めています。
Winglet/ウイングレット
ロボットが乗る人の動作を 感知して、だれでも体重を移動させるだけで簡単に前後左右に移動することができるウイングレット。コンパクトで、人が自然に立つ姿勢で、歩行速度に近いスピードで動くため安心な電気自動車だ。
生活支援ロボット(HSR)
障がい者や高齢者などの家庭内での自立生活をアシストする生活支援ロボット「Human Support Robot(HSR)」。小回りの利くボディにアームを備え、床にある物を拾ったり棚から物を取るなどの仕事ができる。障がい者や介護福祉関係者等の評価を踏まえて改良を重ね、ソフトウェアやノウハウなど研究開発の成果を共有し、加盟機関が利用できるようにするべく「HSR開発コミュニティ」を設立し、技術開発の加速を図る。
ウェルウォークが完成し、今後、どのような方向に発展させていくとお考えですか?
玉置 氏 ウェルウォークは、現時点では完成ですが、まだまだやりたいことがあるのも事実です。引き続き開発を行い、レベルアップを図りたいと思います。
才藤 氏 クルマに例えますと、今の段階は「マニュアル車」とでも申しましょうか。これをより多くのひとが手軽に使えるよう、自動運転とまでは言いませんけれど、「オートマチック車」にしていかなければなりません。それが目下の課題です。また、ウェルウォークは下肢麻痺の方のためのリハビリをサポートいたしますが、そのほかの麻痺に対応する機器やサービスを開発していきたいと思います。
磯部 氏 2020年頃を目標に、それぞれのタイプのロボットを完成させていきたいと考えています。
どうもありがとうございます。今後のご進展を楽しみにさせていただきます。
日本では少子高齢化問題が深刻さを増し、対応が急務とされている。2050年には、現役世代(15歳~64歳)が65歳以上のひとを支える経済的な負担は、2000年と比べ、じつに約3倍に膨れ上がることが予想されている。トヨタが精力的に行うパートナーロボットの開発は、こうした実情に則したもので、パートナーロボットが高齢者の生活をサポートしながら、介護、介助などを手助けすることで、現役世代の負担が増えない未来の実現を目指しているという。
トヨタでは、グローバルビジョンとして「笑顔のために。期待を超えて。」というスローガンのもと、いいクルマづくりをとおして、いい町、いい社会づくりに貢献することを目指しているが、そのなかで「パートナーロボット」は、さまざまな社会ニーズに対して、人と共生しながら対応していく「パートナー」としての提案だという。人と共生していくパートナーロボットは、将来多くの場面で活躍が期待されるが、同社ではとくに「移動(モビリティ)支援」と「少子高齢化対策」を最重要と捉え、それらに対応するロボットの研究開発ならびに実用化を進めている。
世界を代表する自動車メーカーが挑む新たなる挑戦に、大きなエールを送らずにはいられない。
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