文と写真●Believe Japan
高齢の方や身体の不自由な方にとって、「クルマ」は移動するための手段としてかけがえのない存在だ。近年は公共交通でもバリアフリー化が進んでいるが、近くに駅やバスの停留所がない地域では、自家用車が果たす役割は非常に大きい。
自動車メーカー、福祉機器メーカーなどの努力により、今日、福祉車両のレベルアップとラインアップの拡充はめざましく、家族や介助をするひとが運転するクルマに乗り込むことは容易になっている。とはいえ、だれかの手を煩わせることなく、「好きなときに好きな場所に自分で行ける」クルマがもたらすモビリティの自由度は絶大だ。また、それは十分承知しているが、手足が不自由だから、耳が不自由だから、そのほかさまざまな障がいを理由に「クルマの運転」を諦めているひとが少なくないのも事実だろう。
そんな方たちにお伝えしたいのが、障がいがある方でも「運転免許を取得して、自由に運転ができる」、その可能性が大いにあるということ。今回は東京の二子玉川にある自動車教習所「コヤマドライビングスクール」を訪れ、障がいがある方のための自動車教習についてうかがった。受講者がもっとも多い教習所として、また洗練されたイメージのコヤマドライビングスクールは、「バリアフリーカーライフ」を標榜して、障がいのある方のための自動車運転教習を積極的に展開している。
エコロジーとバリアフリーをテーマにしたユニバーサルデザインの二子玉川校の校舎。
入口のスロープにはじまり洗面所や教室も車いすで快適にアクセスできる。
【キーパーソンに訊く】
まずお話をうかがったのは、株式会社コヤマドライビングスクールの取締役で、障がいのある方の運転教習の立ち上げに携わった野澤 勝(のざわ まさる)氏。
障がいのある方の教習に積極的に取り組むコヤマドライビングスクールの野澤取締役。
校内を見学させていただき、段差がなく、入口や教習コースへのアクセスもなだらかなスロープとなっていることを拝見しました。
野澤氏 はい。バリアフリー化は、5つある弊社の教習所のうち、二子玉川、秋津、綱島の3校で行われております。広い通路やスロープ、エレベーターは基本ですが、各部屋のドアも、車いすの方が扉に引っかからないで簡単に開けられるよう工夫してあります。また、聴覚障がいの方でもインストラクターの話、手話を理解しやすいよう、教壇を円形に囲んだ机の教室などもございます。
車いすを動かすことなく、簡単に開けて入れるドアが採用されている二子玉川校。
障がいを持たれる方の教習に非常に積極的なコヤマドライビングスクールさんですが、もともとのきっかけを教えていただけますか。
野澤氏 私どもは、1957年にスタートした日本でもっとも古い教習所のひとつです。長年にわたり、運転免許証取得のお手伝いをさせていただきながら、クルマを運転することの素晴らしさもお伝えしてまいりましたが、障がいのある方を対象にしたカリキュラム「ジョイフルコース」発足のきっかけは、2001年に当校で教習された貝谷(かいや)さんですね。この方は現在、NPO法人「日本バリアフリー協会」の代表理事を務めていらっしゃいますが、幼い頃に筋ジストロフィーを発症されました。手先だけで運転できる「ジョイスティック車」を自身で運転し、アメリカ一周を成し遂げた翌年、帰国され当校を訪ねてこられました。ご自身のジョイスティック車で教習されて運転免許を見事取得されました。とても喜んでいただき、我々も感激いたしました。そして、「運転免許証を取れる可能性のあるすべての方にクルマに乗っていただきたい」と考えるようになり、特別チーム「ジョイフル委員会」を社内に立ち上げました。
障がいがあっても、クルマを運転することは本当に可能なのでしょうか。
野澤氏 はい。障がいの状態にもより、ご相談いただきたいのですが、右半身や左半身のどちらかが動かせたり、下肢に障がいがあっても、十分にクルマの運転は可能だと思います。近年、車両や器具の進化は目覚ましく、次々に新しい機能が生まれており、今後さらに扉は多くの方々に広く開かれていくでしょう。我々は、障がいがある方にこそ、免許は必要だと思います。自分で運転できることは、社会に積極的に参加し、活躍できることにつながると考えます。耳が聞こえないから、手や足が不自由だからと運転を諦めてしまっている方が多いのですが、それはとても残念。ぜひチャレンジしていただきたいですね。
自分の好きなクルマを購入し、それで教習を受けることはできるのでしょうか。
野澤氏 はい。当校では、左足でアクセル・ブレーキ、手のみでアクセル・ブレーキの操作が可能な装置が付いた教習車を用意しておりますが、「持ち込み車両」にも対応しています。持ち込み車両での教習につきましては、事前にそのクルマを学校に預けていただくことをお願いしています。インストラクターが、事前に車両をしっかりと確認することで、安全で効果的な教習に備えることができるからです。また、購入モデルの検討段階で事前にご相談いただき、クルマ選びをサポートさせていただくこともお薦めしています。なぜかといいますと、教習所で検定を受ける際には、検定車両のボディサイズが決まっておりまして、それに適合しない車両を購入し改造してしまうと、教習所では練習はできても検定は受けられないという残念なことになってしまうからです。また、障がいの状況にふさわしい福祉機能などについても、ご相談にお応えします。
障がいのある方のための教習で、最近変わったことなどはありますか。
野澤氏 これまで障がいのある方の教習は、インストラクターの資質に依存しているという側面がありました。我々はそれを「学校、組織が提供するサービス」として確立させることを目指してきました。たとえば、聴覚に障がいがある方の教習は、以前は、手話ができるインストラクターに依存する格好で行われていましたが、これでは非常にかぎられた数の方にしか対応できません。弊社では現在、手話のできる卒業生などを講師に迎え、インストラクターやスタッフ向けの手話講習会を定期的に行っています。スタッフは手話検定を受けるなど、みんな熱心に学んでいます。設備も整え、スタッフも教育し、ユーザーの方が安心して学べる環境を提供するべきだと考えました。
またコヤマドライビングスクールでは、すべてのひとが平等に生活できるような社会の実現を目指すノーマライゼーションの視点からも、障がいのある方だけでなく、高齢の方や外国人の方の教習にも力を入れております。クルマは、生活や人生を豊かにしてくれるものだと思います。一人でも多くの皆様に、安全に運転できるようになっていただきたい。そして、そのお手伝いを一生懸命させていただくことこそ、我々の使命であると考えています。
ジョイフルコースは通常の教習と比べて、インストラクターの方がマンツーマンで指導されたり、専門の車両や機器、教材などにコストがかかると思いますが。
野澤氏 そうですね。しかし、弊社としましては、身体の不自由な方に安心して快適に免許を取っていただきたいと強く願っております。そして、安全に運転していただき、それぞれの日常生活を豊かにしていただく、そのことのお手伝いを一生懸命することは企業の社会的責任でもあると考えます。
インストラクターの方だけでなく、すべてのスタッフの方が本当に明るく親切な印象なのですが。
野澤氏 ありがとうございます。弊社のスタッフは幸いにも、ポジティブ思考だけでなく、ポジティブな「行動」に移してくれる人間が多いですね。考えるだけではなく、動いてカタチにしてはじめて他のひとの役に立てるので、その積極さはとてもありがたく感じます。
現在、とくに新しく取り組まれていることはございますか。
野澤氏 はい。現在、研究・検討しているのが、認知症や記憶障がいなどの症状として表われる高次脳機能障がいや発達障がいの方の運転についてです。麻痺などの方につきましては、「教習を受ければ運転ができるようになるかどうか」という判断をさせていただく際、医療機関のデータを参考にする体制も確立いたしました。しかし今後は、さまざまな障がいを持たれる方の教習をサポートしていくにあたり、医療機関との関係をさらに緊密にしていく必要があります。そのため、最近では医学分野の研究会などにも積極的に出席させていただいています。
【コヤマドライビングスクール「ジョイフルコース」の魅力】
◎高度にバリアフリー化された教習所は、車いすで快適に受講できる。
◎手の不自由な方、足の不自由な方のための教習車が用意されている。
◎手話ができるスタッフが、耳の不自由な方の教習を手厚くサポートしてくれる。
◎事前に、それぞれの受講者にとって理想的な教習について考えてくれる。
◎高齢の方、外国の方など、さまざまな受講者が数多くが学んでいる。
◎インストラクターをはじめ、学校のスタッフがみんな明朗で親切。
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