文と写真●Believe Japan
この特別なロードスターには手動運転装置が付いている。
マツダから正式に2017年9月21日に発売になったばかりのロードスター(ソフトトップ)、ロードスター RF(電動ハードトップ)の手動運転装置付車は、「人が自分の力で自分の操作で運転ができること」を実現させている。足が不自由な方が両手を使って走る歓びを感じることができるクルマである。
マツダの福祉車両の歴史は長い。90年代にはすでに他の国内メーカーに先んじて、キャロルの小さなボディの後部ハッチからスロープを出して車いすを格納できる福祉車両を発売していた。そのマツダが満を持して発売したのが、この「自操型」福祉車両ロードスター。
スポーツカーの福祉車両が誕生した
マツダは2年ほど前からコンセプトモデルとしてロードスターを福祉機器イベントなどに参考出品してきたが、そこで多くの来場者から、「嬉しい」「乗りたい」などの反響があったという。また、「シフトダウンスイッチが右側にほしい」などの声も積極的に取り入れてこのロードスターを開発してきた経緯がある。
今回触れたのはロードスター RFの手動運転装置付車。乗り込んでみると、ドアが大型のために、開口部が広い。大きいドアは開くのに駐車した横のスペースが余分に必要になるデメリットがある反面、車いすから移乗する際に足元がラクである。移乗するときには足を前に投げ出して、場合によっては手で足を引き上げる必要が生じるが、開口部が狭いと膝を余分に曲げなければいけなくなる。これは苦しい姿勢だ。開口部の広い車は、足が前に出しやすく乗り込みがラクである。また、スポーツカーならではの座面の低さがあるため車いすとの座面高さとの違和感が少ない。
オプションの「乗降用補助シート」を手前に倒すと、補助シート(上面)とシートの段差が少なくなる。横移動の時に一度ここに腰掛けることができるため、非常に実用的なオプションだ。ドアを閉めるときにはこれを手動で手前に立てる。すると、動かすときにしっかりとした剛性を感じる。このような動きにもしっかりとした作りを感じられるのは、メーカーオプションならではである。
乗降用補助シートは折り畳みタイプで、運転の邪魔にならないよう工夫されている。
作り手のこだわり
ロードスター/RF手動運転装置付車の開発を担当したマツダの田中主査にお話をうかがった。
「価格が高くてはいけない、そもそも壊れてしまっては意味がない。リーズナブルな価格で提供できて、信頼性の高いものというところを目指しました。車体に穴を空けて装着をするものですので、自動車としての強度が確保できるかなどの視点が必要になります。また、振動で簡単にボルトが緩まないよう、架装品として装着した際のクオリティも実現させる必要がありました。余分なスペースが少ないロードスターのタイトな室内の中に部品を装着していくのは簡単な作業ではありませんでしたが、結果的にはうまくはめ込むことができました。操作性もよく仕上がって、ロードスターのダイレクトな感覚を残せたと思っています」と田中主査。
マツダ商品本部の田中賢二主査。「手動運転装置付車の開発をロードスターで行いたい」と社内で提案したところ、多くの役員が「それはいい、行こう!」と賛同してくれたのが非常にうれしかったとふり返る。
ロードスターの魅力をそのまま伝える
22インチの車輪脱着可能な車いすを積み込む場合、まずは車輪を取り外し、車いす本体を助手席に載せ、その上に車輪を載せる。個人差はあるものの、日常的に車いすを自走させている腕力の方であれば、軽量な車いすをこのように運ぶことは難しくないだろう。うれしいのは、ぴったりと助手席に装着できるグッドデザインの専用シートカバーがオプションにあり、助手席に装着しておけばいすの座面や背面を傷つける心配がなくなることだ。また走行中は完全にカバーされているため、オープン走行時の安心感が高い。「もともと網状のカバーなどさまざま検討したのですが、このカバーに落ち着きました。」と田中主査。柔らかい質感の合成皮革のこの専用カバーは見た目もよく、なんともロードスターを所有したい気持ちを高めてくれるお薦めのオプションだ。さらに多少の雨にも耐える耐候性があるので心強い。
写真はワンタッチで車輪の取り外しができる22インチの車いす。サイズや形状によっては収納できない場合があるので、事前に確認しておきたい。丈夫そうなカバーの端をフロントウインドウの上に垂れかけ、その上に車いすを載せる。
車いすと助手席をしっかりと覆い、ドライバーの視界も妨げないカバーはスグレものだ。
車内に乗り込むと、適度な包まれ感が気持ちのよい空間となっている。フロントガラスの角度から、ドアの高さまで、スポーツカーの文法そのままに建てつけられた紛れもないロードスターの室内だ。
「パーキングレバー」は通常のものと操作は変わらない。ただ、エンジンをかける際には足でブレーキを踏み続けた状態を作り出さなければいけない。そのため、「コントロールグリップ」とr呼ばれるステアリング左下、パーキングレバーの右側に位置するレバーのスイッチを押して、前にグッと押し込む。カチッカチッとノッチが入った感触を感じると、足でブレーキペダルを押した状態になる。後方のブレーキランプが点灯し、ブレーキが効く。この状態でエンジンのスタートボタンを押す。エンジンに火が入り、ブルルという低いメカニカル音にボーッという排気音が混ざる。車好きが大好きな音だ。
ステアリングには右手一本でクルクルとステアリングを回すことができる「旋回ノブ」がつけられている。要はトラックの運転のときに、手のひらを支点にしてくるくるとステアリングを回すあの動きに近い。掴んで回すことによってステアリングを操作できる。このノブは、取り付け位置を時計の長針にたとえると10分または20分ほどの場所に好みで取り付けることができる。20分の位置の方がグッと押した時の舵角が大きい。また、ノブの位置を上下させる調整も可能で、これによって微妙にステアリングの重さが変わる。テコの原理の支点の位置が変わって入力する力の大きさが変わるという原理だ。ちなみに、この調整はあくまで工場で行うものなので、発注時に事前の打ち合わせでセッティングを決め込むことになるという。
左側のコントロールグリップ。これは運転時、前に押し込んでブレーキ、引いてアクセルとなる。一本でブレーキとアクセルを操作するとなると奇妙な感じがするかもしれないが、これが意外に慣れると違和感がない。グッと手前に引き寄せて力を入れるというのは、感覚的にも正しいと直感的に思えた。自動車レース、ル・マンのマシンが右ハンドルなのに、かつて伝統的に右側にマニュアルのシフトノブがあったのも、自分に近い位置にシフトを引き寄せるとシフトダウンして車に力を入れられるという感覚に沿っていた。力を発揮するときに自分の側にモノを引き寄せるという動作は人間の自然な感覚に近いのだろう。コントロールグリップがどういう仕組みになっているのかと、ステアリングの下部を覗き込んで見てみると、狭いコックピット内をうまく取りまわし、足元の左側からペダル上部まで配置され、「押すとブレーキペダルを下に下げ、引っ張るとアクセルペダルを押す」仕組みになっている。ワイヤーも油圧も使わずにシンプルな鉄製のバーが、見事に組み合わされている。この動きを実現するにはかなりの精度が必要であっただろうと感心させられる。この操作系が非常にリニアに、大変スムーズに動く。また、コントロールグリップにはウインカーとハザードのスイッチ、ホーンボタンもつけられていて、左手は常にここに置くポジションで操作を行う。
ところで、田中主査から、ひとつこだわりのポイントについてうかがった。それが、パーキングレバー。「一見、通常のタイプとなんら変わらないのですが、取り付ける位置や角度を微妙にチューニングしていくことで、コントロールグリップを前後に操作する際、ドライバーの方の腕や肘を絶妙に支えるようになっています。すると、そこを支点として、長時間でもブレずに正確な操作が可能となるのです」。ロードスターをロードスターらしく、スポーティに乗ってもらいたい、という気持ちが細部にも込められているのだ。
「加減速やブレーキロック、ウインカーやホーンなどのあらゆる操作を左側に集約することで、右手はステアリング操作と変速操作に専念。よりアクティブなドライビングを可能としています(田中主査)。
ステアリングの前面右側には、「シフトダウンボタン」が付いている。これは、同じような手動運転装置が付いた車の中でもロードスターならではの特徴だ。そのスイッチの反対側、ステアリング裏側にシフトアップボタンがつけられている。ユーザーからの要望を反映させてマツダがこの位置にボタンを配置した。これによってシフトダウン、シフトアップをするときに左のアクセルの操作から解放された右手で自由に操作できるようになった。シフトダウンをして、コーナーの立ち上がりで鋭い加速がほしいスポーツドライバーのことを考えたボタンだ。このボタンの存在そのものが、このロードスターをまた新たなスポーツカーに成り立たせているともいえる。
しっかりと取り付けられた旋回ノブからも、スポーツカーらしいステアリングの剛性感が伝わる。シフトダウンはステアリング前面にボタンとして配置され、右手のみで変速ができる。また、健常者の方が使用する場合、手動運転装置がキャンセルされた状態でのシフト操作(左右のパドルシフト)にも妨げとならない。
タイトなコーナーでは、コントロールグリップを前方に押しブレーキング、同時に右指でシフトダウンボタンを押してギヤを下げ、前輪に車重をかけたところでステアリングを切る。コントロールグリップを手前に戻し、アクセルONで加速する。グリップした前輪を感じながら自分に引き寄せるレバーとともにコーナーを抜け加速していくロードスター。想像するだけでワクワクする。
基本の操作系をまとめると、左手でコントロールグリップを操作しブレーキとアクセルを前後に動かす。右手でステアリングを回し、シフトアップとシフトダウンを行う。
新しい操作系には慣れが必要だが、それぞれの動きが理にかなっているため、短い試乗時間の間にすぐに違和感がなくなった。操作のレバーやノブの動きが非常にスムーズに、ロードスターの素材を損なうことがない仕上げになっている。
試乗のため、今回は思い切り走らせることは叶わなかったが、いつかこのコントロールグリップを使ってフルスロットルをロードスターに与えてみたいと思えた。そのくらいの良い仕上がりの、紛れもないスポーツカーである。ひとりで助手席にカバーをかけてワインディングに行けば、ロードスターならではの人馬一体のライドフィーリングを楽しめる。二人で乗る時は、22インチ程度までのスポーツタイプの車いすなら後部のトランクにぴったり収まるので、助手席は大切なひとに乗ってもらうこともできる。
車いすは助手席もしくはトランクにしっかりと納まり、見た目には標準車のロードスターと変わらない。
ちなみにこのロードスター、手動運転装置をキャンセル(ロック)することで、ペダルやシフトレバー操作などによる標準車と同等の操作を行うことも可能で、健常者の方もその走りを楽しむことができるよう配慮されている。
ワンタッチで手動運転装置をキャンセルすることができるので、家族で共有する場合などにも便利。
実車に触れてみて感じさせられたのは、マツダ ロードスターがやはり、走る歓びと開放感を存分に味わうことができる、ロマンチックで美しいスポーツカーということ。それは、福祉車両となっても不変であった。
【価格】
マツダ ロードスター 手動運転装置付車 296万5900円〜327万5900円(取付費込/消費税抜)
マツダ ロードスター RF 手動運転装置付車 338万5900円〜369万5900円(取付費込/消費税抜)
(オプション)
旋回ノブ 2万4800円(取付費込/消費税抜)
乗降用補助シート 13万2700円(取付費込/消費税抜)
車いすカバー 5万2200円(取付費込/消費税抜)
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