想像を超えたパラスポーツの魅力に触れてほしい
Believerとは?
福祉分野を中心に活動する「明日を信じて今日を前向きに生きる」ひとたち「Believer」を紹介するコーナー。
文●久保加緒里 写真●Believe Japan
2016年のリオデジャネイロ・パラリンピックが大いに盛り上がり、2020年のオリンピック・パラリンピック東京大会に向けて日本でも注目度が高まっている「パラスポーツ」。その魅力は、活き活きとチャレンジを続けるアスリートたちの姿にある。
2011年に日本障がい者スポーツ協会の理事に就任して以来、パラスポーツに深く関わってきた山脇 康さんに、その魅力についてお話をうかがった。
人間の持つ可能性の大きさを
パラアスリートが教えてくれた
パラリンピックをはじめとするパラスポーツの大会に自ら足を運び、さまざまな競技を観てきた山脇さんは言う。「パラスポーツは知れば知るほどおもしろいんです。福祉や障がいという視点ではなく、純粋にスポーツとして楽しめるんです。ひとりでも多くの人に、是非とも競技を観て、知って、アスリートたちを応援していただきたいと思っています」。
現在ではパラスポーツ界を牽引し、広める立場の山脇さんだが、6年前までパラスポーツとはまったく無縁だったという。仕事上でもプライベートでも懇意にしている東京ガスの会長(当時)の鳥原光憲さんが日本障がい者スポーツ協会の会長に就任した際、「ちょっと手伝ってくれないか」と声をかけられ、ビジネスで培ってきたことをパラスポーツ界の運営に活かせるかもしれないと思って理事の仕事を引き受けたのだ。
「まずは競技のことを知らなければいけない」と考えた山脇さんは、2012年3月に長野県の白馬村で開催されたアルペンスキーとクロスカントリーのジャパンパラ大会を観戦した。はじめて競技を観た瞬間の衝撃はいまも鮮明に覚えている。理屈抜きで「すごい!」と感じたという。
「人間の持つ可能性の大きさ、潜在能力のすごさを見せつけられた気がしました。オリンピックの選手ももちろんすばらしいのですけれど、彼らはまるで別の惑星から来たかのような“超人的”なところがありますよね。パラスポーツの選手は先天的か後天的かのちがいはあっても、みんな何らかの障がいがあるなかで、残された機能を磨きあげ、多くの人が持っている能力を最大限に高めたら、こんなことまでできるようになる、ということを体現しているわけです。本当に驚いたし、大いに刺激を受けました」。
ビジネスの世界で数多くの修羅場を経験してきた彼だが、そんな自負も軽く吹き飛んでしまった。
「パラスポーツでトップアスリートになる人たちは、みなさん例外なくポジティブです。残された機能の何%を活用しているかという観点で見ても、私など到底及ばないと思います。学ぶべきことは非常に多いです」と山脇さんは言う。人間はだれしも、望むと望まざるとに関わらず人生の岐路に立たされることがある。パラアスリートは、自分の障がいや起こってしまったことも受け容れて、前向きにできることをやっていく。頭でわかっていてもなかなか実践できないことをやり遂げているからこそ、だれもがパラアスリートたちの活躍に励まされたり、背中を押されたりするのだろう。
パラスポーツによる意識変革が
「共生社会」の入口に
現在の日本では、先天的または後天的な障がいを持っている人は人口の5~7%だと言われている。障がいのない95%前後の人たちが休日にゴルフやテニスを楽しむことはできても、障がいのある人たちが日常的にスポーツができるような世の中には、残念ながらまだなっていない。
スイミングプールやジムの利用を断られることは少なくないし、ブラインドランナーの伴走者なども非常に不足している。また、ブラインドサッカーをやりたくてもチームが少ない。「車椅子バスケットボールは、競技用の車いすで床が傷つくから」と体育館の使用を断られることもある。パラ・アルペンスキーが練習できるスキー場はごく一部だ。そして、どの競技でも指導者不足は深刻だ。
「障がいのある人とない人とでは“当たり前”がちがいます。パラスポーツのすそ野を広げていくためには、障がいを持たない95%の人にも理解してもらうことが不可欠なのです。パラスポーツのルールや見どころ、楽しさを知って、パラスポーツに目を向けてもらう。みんながパラスポーツを知って楽しんでいる社会へ変われば、障がい者や高齢者にも住みやすい社会になるのではないかと山脇さんは考えている。
日本財団パラリンピックサポートセンターには、28のパラリンピック競技団体が集結している。
日本財団パラリンピックサポートセンターでは、無償で事務所スペースを提供するとともに、競技団体の基盤整備、自立に向けての助成金やバックオフィスサポート、広報支援などを行っています。ここでは、車いす使用者やブラインドの人など、障がいを持ったスタッフもいます。むしろ私のように障がいがない者のほうがマイノリティで、通路が広くてまっすぐなオフィスでは車椅子のスタッフより移動に時間がかかるし、ミーティングのときに椅子のことを考えなければいけないし、不便を感じることもあるぐらいです(笑)。なにが“当たり前”なのかは環境によってまったく変わるし、“障がい”は人の心がつくり出すのだと日々実感しています」
環境が変われば人の意識が変わる。意識が変われば社会のルールやハードは寄り添っていく。その先は、障がいのある人、ない人、高齢者、こども、妊婦など、多様性が認められる社会、だれもがその人らしく生きられる「共生社会」へとつながっている。
「2020年のパラリンピック東京大会は千載一遇のチャンスです。パラリンピアンが最高のパフォーマンスを見せることで、人々の意識が変わり、社会が変わる。将来、東京オリンピック・パラリンピックが共生社会へのターニングポイントになったね、と言われるような大会にしていきたいと思っています」と、山脇さんは力強く語った。
2020年の夏季大会の前に、2018年の平昌冬季大会がやってくる。どのような盛り上がりを見せ、どのように日本の社会が変わりはじめるのか気になるところだが、まずは純粋にアスリートたちに声援を送りたい。
第二回 山脇 康(やまわき やすし)氏
日本郵船の重役を歴任し、現在は日本パラリンピック委員会 委員長ならびに国際パラリンピック委員会 理事、日本財団パラリンピックサポートセンター 会長を務め、障がい者スポーツの普及、社会認知向上に邁進する。
2018年の平昌冬季大会の代表選考会に向けて、今後大きな大会が目白押しとなる。
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