福祉車両を「普通のクルマ化」させること
Believerとは?
福祉分野を中心に活動する「明日を信じて今日を前向きに生きる」ひとたち「Believer」を紹介するコーナー。
文と写真●Believe Japan
「現実的な話をすると、福祉車両は限られた短い期間しか使われないこともあります。福祉車両の役割を終えた後にも、クルマとしての機能を果たし、普通に使ってもらえるクルマ作りをする。私はこれを(福祉車両の)普通のクルマ化と呼んでいます。」
愛知県清須市にあるトヨタハートフルプラザ名古屋にて満面の笑みで迎えてくれたのは、トヨタの福祉車両製品企画主査、中川 茂氏。ショールームにはトヨタの福祉車両がずらりと一同に並ぶ。
椅子が取り外され、大型の装置が室内に取り付けられている福祉車両。ただでさえスペースが限られているクルマの空間から、乗車人数が減り、荷物スペースが減る。装置が増えれば車重は増し、乗り降りを補助するモーターはバッテリーを大量に消費し、飛び出した取り付けフックのため使い勝手は落ちる。さらに何より、全体のコストが跳ね上がる。
目的地まで素早く経済的に移動するという自動車の役割を、福祉車両は何重にも難しくする。これに正面から挑み、数限りない改良を加え、補助が必要な乗客にとって負担が最小になる状態に仕上げ、できるだけ多くの人が買える価格に抑える。最終的にはそのクルマの先の役割まで考え「普通のクルマ化」されることを目指して出来上がっているのが、このショールームに誇らしげに並べられたウェルキャブたちだ。
ポルテ/スペイドのチルト式 回転シート
例えば、このポルテ/スペイドに搭載されたチルト式の回転シートには、あえて電動の回転式ではなく、手動で回るシートを採用した。電動で回れば乗客は楽ではあるが、逆に時間がかかる。当然機械は大型化し、バッテリーも消費し、重量も増す。それならば、回しやすいシートを手でくるっと回した方がむしろ合理的で使いやすいのではないか、という逆転の発想があった。
乗降する位置でチルトボタンを押してもらうと、座面がひょいと持ち上がり、丁度いい角度に前傾姿勢をとることができる。足が弱った人が最初の一歩を踏み出すのに、これほど楽な姿勢はない。自然な前傾姿勢のまま自重で足を前に出せるからだ。また、両足を同時に地面につけるのも安心だ。座るときにも膝の角度が緩やかなので、膝への負担も少ない。
この機能を取り入れることによって、さらに乗降に必要な車の左側スペースを大幅に短くすることができた。電動式の回転シートには、駐車場に停まる横のクルマとのスペースが約1.1m程度必要であるものが、このチルト式回転シートではなんとたった約45センチ程度のスペースで乗降が可能になった。これなら通常の駐車場で隣に別のクルマが駐車されている状況でも十分に乗り降りができる。もともと広い開口部のスライドドアも乗降利便性に大きな役割を果たす。さらに、この回転シートは車外に出る部分が少ないため、雨の日もシートの濡れを最小に抑えることができる。急に雨が降り出してきた日に回転シートがびしょびしょになるのを嫌って外に出るのをためらうこともなくなる。介助者が一人で左手に傘をさし、右手でくるっとシートを回し、さらに二人でそのまま傘に入ってドアを閉めることができる。これは考えられた作りだ。
ポルテ/スペイドには、この手動の「助手席回転チルトシート車」のほかに、電動の「助手席リフトアップシート車」もある。それには100キロまでの重量に耐える力持ちな電動回転シートが装着され、リモコン操作で本人でも介助者でも簡単に操作ができる。
手動の「助手席回転チルトシート車」は助手席が回転して、シートはほぼ室内に収まったまま座面と背もたれがチルトするのに比べて、この電動の「助手席リフトアップシート車」は、助手席シートが電動で回転し、スライドダウンして、ほぼ完全に車外に出る。シートは地面に近い位置まで低く下がっていく。
強い雨の日に確かにシートは濡れてしまうが、車いすが必須な方はこちらの方が乗降には楽だと思う人が多いだろう。真横に車いすを置いて上下の移動が少なく座り変えられるからだ。ただ、雨の日でも、介助の人が大きめの傘をさして手伝えば、シートの濡れも最小に収められるだろう。(専用シートカバーには防水タイプも用意されている。)
「助手席回転チルトシート車」は、歩行器具を使っても自分で歩ける程度までの状態の方に向いているように思われた。比べて「助手席リフトアップシート車」は、独歩が難しい、または車いすの方に向いていると言えるだろう。
一つ気をつけなければいけないのは、電動の「助手席リフトアップシート車」は、回転するときに足をフットレストに載せる必要があるが、前面足元のスペースの関係で手前にグッと両足を寄せる必要がある。足のサイズにもよるが、体の状態によっては、そこまで足を引き寄せて回るのに無理がないかどうか試してみた方がよいだろう。ちなみに28センチの大きな靴を履いた状態でも回転させることには問題がないので、通常ならスペースが小さすぎて回せないということはほとんどない。
「助手席回転チルトシート車」が2WDのベースグレード「X」で¥1,950,480、「助手席リフトアップシート車」も同グレードで¥1,978,000とほとんど近い価格なので、純粋に用途で選ぶことになる。足や全身の状態がのちに悪化することがあることを考えると、迷いながらも「助手席リフトアップシート車」を選ばれる方もいると思われる。
体の状態によっては迷う選択になるが、選択の幅を広げるためにあえて二つの仕様を開発するということに、強い開発の情熱を感じる。
車両の購入に関しては保険等の適用はないものの、メーカーの低金利のローンが用意されていることがあるので、販売店に確認をしてみると良い。
免税の対象は、福祉車両全般に言えることだが、やや仕組みがわかりづらい。基本的な考えとしては福祉車両といっても回転シートだけでは消費税の免税対象にはならないことが多い。
ポルテなら、手動の「助手席回転チルトシート車」はAタイプ(回転チルトシートだけが装着されている車両)は、消費税の免税対象にはならない。Bタイプ(回転チルトシートとトランク内の車いすリフトがついているタイプ)は消費税が免税される。リフトのオプション価格は6〜7 万円程度なので、AタイプとBタイプで消費税免除分を含めると購入価格で逆転することになる。車いすをよく使う場合は、Bタイプが購入価格でみるとお得だ。ただ、トランクルームはリフトが入ると限られてくるので、その点との兼ね合いになる。
電動の「助手席リフトアップシート車」は、すべて消費税免除の対象になる。
障害者手帳を持っていると取得税と毎年の自動車税が減免となることがあるが、等級や障害の部位内容によって対象が異なるので、確認が必要だ。
(*税金の免税適用に関して詳しくは、各自治体の主税局にお問い合わせください。)
強い意志と愛情、そして環境を
中川さんの話を聞いていると、これでもかこれでもかと数え切れないほどの試行錯誤と改良がクルマに詰まっているのがわかる。いくつもの発見や発明がプロダクトの中に生きている。アシストが必要な乗客、介助者にとって機能として優しく、財布にも優しい、その上環境にも優しいクルマ作りがされている。
「実はね、ほらここに後付けでシートをつけられる取り付け金具があるんだよね」シートがひとつ取り外された車両のカーペットをめくった。「普通のクルマ化」させるためのシートの取り付け金具を、とっておきの物を見せてくれる時のように嬉しそうに見せてくれた。別売りで専用のシートを買ってここに装着することができる。
中川さんは、「フツーのクルマ化」とサラリと言ってのけるが、実はやっていることはフツーのレベルの話ではない。
ウェルキャブの技術は、何とか人を乗せて目的地に連れていってあげたいという強い意志と愛情、環境まで見据えた大きな優しい哲学に支えられていた。
第一回 中川 茂(なかがわ しげる)氏
トヨタ自動車株式会社 製品企画主査。自ら志願して福祉車両(ウェルキャブ)開発部への異動を希望し、数多くの車両開発を手掛ける。使い手の「真の声」を聞くため、自らユーザー取材を重ね、便利さ、快適さにこだわったクルマ作りに日々邁進する。
No Comments