Believerとは?
福祉分野を中心に活動する「明日を信じて今日を前向きに生きる」ひとたち「Believer」を紹介するコーナー。
文●Believe Japan
福祉車両のための車いす
「これはウェルキャブ専用に開発した車いす、ウェルチェアです」。
次に中川 氏が説明してくれたのは、トヨタが自動車乗車専用に開発した車いす、ウェルチェア。
一般的に車いすに乗ったまま福祉車両に乗車すると、次のような点に悩まされることがある。
- 目線が上がってしまい、外が見えづらくなる。車内から近くの景色しか見られなくなる。同乗者とのコミュニケーションも取りづらい。
- 座面が地面と水平なため、ブレーキがかかると前にずれて出てしまう。それを筋力で抑えるため、体に負担がかかる。
- 左右のサポートが弱いため、左右の揺れに弱い。
- 衝突時の強度に対する不安がある。
もともと車いすは、自動車に載せてその上に乗客が座って移動することを想定して作られていない。だからクルマに乗せればこのような問題が起こっても当然といえば当然のこと。でも、それならば一から自動車メーカーが作ってしまえというのがウェルチェアの考え方だ。
まず、車いすに座り駐車ブレーキをかけた状態で、介助する人が背部にあるチルトレバーを押し下げる。するとお尻の部分がぐっと下がり、リクライニングさせた状態になる。通常の背面だけのリクライニングと違うのは、膝部分はそのまま残るので、腰とお尻だけが下がった状態になることだ。結果、体重が背中と腰に分散される。チルトダウンされるのは、約10cm。シート全体は約15度傾く。
10cm頭上スペースに余裕ができるので、車いすに乗ったままの状態でのクルマへの乗降が楽になる。シートベルトの装着も考えられた作りになっているので、横からスポークやフレームを通してシートベルトを取り回す必要がなく、装着が短時間でできる。スポークの間にシートベルトを通すのは、急いでいるときには案外苦労するものだ。シートベルトのねじれ等も生じないため、しっかりとしたシートベルトの固定が可能。
こちらの動画にも紹介されているように、このチルトダウンを行うと、目線を車内のほかの乗客とほぼ同じ高さまで下げることができる。同時に、前後の動きに対して背面と座面の摩擦力がかかるため、筋力をそれほど使わなくても運転者のブレーキ操作に自然に対応ができる。
乗ってチルトダウンさせてみると、車内が広く感じて、たしかに遠くの景色まで見えるようになった。走行中の上半身の揺れが軽減され、座り心地も上々。これなら長距離のドライブにも対応できるように思えた。
「ブレーキをかけた状態で左右に曲がる動きをすると、一番安定度の違いがわかるのですよ。実際の交通の中で、交差点で右左折するような状況ですね」。中川 氏がステアリングを自分で握り、けっこう強めなデモンストレーションをしてくれた。たしかに揺れが少ない。座面が水平な通常の車いすでは、大きく左右に揺られるはずの場面だ。チルトされている状態だと重心が下がり、上半身の揺れが少なくなっているのが実感できる。何より無理な筋力で体を支える必要がないため、体への負担が少ない。これは快適だ。
人が座ったままでチルトダウンを解除すると、すっと座面が上に上がる。底部を覗き込んで見てみると、ダンパーがついていて持ち上げる重量を支える作りが入っていた。安全に配慮をした設計も特筆すべきものだ。
大型のヘッドサポートは、万一の衝撃時に頚椎部分への衝撃を軽減してくれるだろう。標準的な車いすでの乗車の時には、ヘッドレストがないのが安全上の不安だが、その心配を和らげてくれる。
また、ウェルチェアは、フレームが後ろから前面に向かって斜めに下に伸びている。この斜めのフレームの直線上に車内の床からのベルトをつないで固定させる。重いものを持つ時に、手を伸ばして下に持つのと、曲げて持つのでは負担が異なるのと同じだ。フレームの構造から工夫がされ、万一の時は一直線で床から出たベルトが車いすを支える。衝撃時に重量物をガッチリと一番効率よく支える構造になっている。
これだけしっかりした作りなのに、小型軽量化化を行い、重量を15 kgに抑えているのも素晴らしい。介助用の車いすとしては若干重いが、15kgといえば自走式の車いすの標準的な重量程度だ。見た目にしっかりした作りの車いすだから、重いのかと思って後ろのハンドルを持って後輪を上げてみると、むしろ「軽い」という印象を持つ。折りたたみができない点が一般車には難点だが、しっかりした作りと乗り心地の機能を追求した、スロープ車乗り込み専用と割り切って考えると納得ができる。チルトダウン機能のついた低重心のウェルチェア。工夫とこだわりが詰まった素晴らしい車いすだった。
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